昨日の箱根サンショバラの項で、美人薄命、という言葉を使って思い出したことがあります
むかしむかし若い人妻が病院へ診察を受けにいったところ
端正な顔立ちの、これまた若い医師が
静かにそしてなまじめにいったのです
昔から美人薄命と申します、貴女もくれぐれも気をつけなさい
その人妻の病気は幸い軽いものでしたが
幼い頃から病弱だった人妻は、その一言に深く感動しました
美人薄命!美人薄命!
美人薄命!
何度もその言葉を心の中で反芻しながら診察室を出ました
それ以来というもの、その人妻の顔色は日増しによくなり
数年を経ずして、人並み以上の健康体になりました
性格も、明るい活動的な女性に生まれ変わりました
何を隠そうその人妻は、うちのかみさんなのであります
その若い医師も、現在ではすでに老境に入っていますが
いまだ現役で、私もかみさんもかかりつけです
私がたまに血圧を計りに行ったときなどに
奥さん丈夫になったね、などと
昔話になることがあります
先生のおかげです
私は素直に感謝の意を述べながら
心中、この先生こそ名医中の名医だ!と思っているのです
たったの一言で病弱だったオカチメンコをその気にさせて、健康で元気な人間に生まれ変わらせてしまったのです
昔、医は仁術と申しました
現代では、医は算術などという口の悪い人もいますが
私は断じて、医は話術であると信じています!
美人!
美人!
美人!
薄命!
薄命!
薄命!女性はこの言葉のどちらに、より比重を置いて受け取るでしょうか?
それは自明の理というやつですね
たとえ短い命であろうとも美しく生まれたい!とおっしゃるに違いない
ところで、未だ私にもわからないことがあるんです
果たしてこの先生は、男性の患者に対してはどんな話術を用いて
医術を施すのでしょうか?
果たして、男性に対する殺し文句(活かし文句というべきか)はあるのでしょうか?
男性を嘘でもいいからその気にさせる言葉とは?
まさか、美男薄命では生き返ることはできないよね!
今日は、盆栽とは全く関係のない話でごめんなさい、でした
2001年6月9日土曜日
2001年3月23日金曜日
山採り真柏

現在の正面図
真柏を手に入れました、懇意な愛好家が愛培していたものです
この真柏は、松戸の土地に、もうかれこれ30年住んで(?)います
そもそもは私の年上の友人で、四国の祖谷地方出身の郵便局長が
はるか昔に故郷で山取りしたものを、松戸へ出てくるときにいっしょに連れてきたのです
生まれは四国の山の中ということになります
関東の松戸という新開地での慣れない暮らしにもよく耐え
その局長の手で大事に育てられていたのですが
およそ15年位前に、私が無理ムリお願いして譲り受けました
欲しいときは商売のことなど頭から消し飛んで、欲得ぬきで欲しくなってしまい
しばらくは手に入れた感激でウキウキです
しかしその後がいけません
盆栽業者の悪い癖です
子供と同じで、人の持っているものをやたらに欲しがるのに
いざ自分のものになると一時あれこれと眺めたりいじくったりすると
こんどは売ることを考えてしまうのです
商売だから当たり前といえばそれまでですが・・・
その後、この真柏はごく近所に住む愛好家Mさんのところに住むようになりました

真柏を手に入れました、懇意な愛好家が愛培していたものです
この真柏は、松戸の土地に、もうかれこれ30年住んで(?)います
そもそもは私の年上の友人で、四国の祖谷地方出身の郵便局長が
はるか昔に故郷で山取りしたものを、松戸へ出てくるときにいっしょに連れてきたのです
生まれは四国の山の中ということになります
関東の松戸という新開地での慣れない暮らしにもよく耐え
その局長の手で大事に育てられていたのですが
およそ15年位前に、私が無理ムリお願いして譲り受けました
欲しいときは商売のことなど頭から消し飛んで、欲得ぬきで欲しくなってしまい
しばらくは手に入れた感激でウキウキです
しかしその後がいけません
盆栽業者の悪い癖です
子供と同じで、人の持っているものをやたらに欲しがるのに
いざ自分のものになると一時あれこれと眺めたりいじくったりすると
こんどは売ることを考えてしまうのです
商売だから当たり前といえばそれまでですが・・・
その後、この真柏はごく近所に住む愛好家Mさんのところに住むようになりました

新正面予定
最近また例の悪い癖が出て
この真柏が欲しくなってきました
というのも、持ち主のMさんが15年間も正面を決めかねて現在に到っていたからでした
何回も鉢合わせを試みたのですが、Mさんの感性にピッタリこなかったのでしょう
Mさんのお宅へ行くたびにあれこれ観察して
新しい正面を見つけ出した感じがした私が
Mさんに構想を話しても、やはり気に食わないようです
その結果「じゃあ俺にゆずってよ、作り直してみるから」
「それじゃあ、やってみろ」
という訳で私のものになったのです
現在あちこちと角度をかえて観察の最中です
私はここが正面だと予定していますがみなさんはどう見ますか?
とにかくもう少し構想を練ってからと思っています
余談
今までの真柏の持ち主のMさんは、当時ある大手会社の重役でして、私よりひと回り年上の方です
重役といっても普段は肩の力を抜いた人で
たまにふら~とやって来て 「お~す、かあちゃん元気か」
なんてぐあいです
私も、現在に到るまでの長いお付き合いの中で
気楽に、しかもいろいろと勉強もさせていただきました
人とのお付き合いって貴重ですね
私はMさんをお客様という感じでなく人生の大先輩として接してきました
私達のような特殊な業界に長く住んだ人間は、盆栽しか知らないのです
ですから、社会の仕組みや常識を教えてくれるいろいろな人達とお付き合いしないと
変に凝り固まってしまうおそれがありますから
Mさんは人柄同様、肩のこらない風流な盆栽が好きです
庭には小品やら石付きやら、シャリを削った梅、ひん曲げた赤松などが
愛培されています
どれもそんなにお金のかかったものではありません
下は数百円から数千円、高いものでも数万円止まりの素材から
すべて自分で持ち込んだ自作盆栽です
このMさんの盆栽の特徴は、まず鉢をやや小さ目に選定すること
それと水や肥料分を控えめにして培養することにあります
庭にある盆栽達には肥満児はいません
みな細身の華奢な感じです
しかしみなそれぞれに個性豊かな樹形で、古さを感じさせるものばかり
Mさんは私の大好きな愛好家の一人です
最近また例の悪い癖が出て
この真柏が欲しくなってきました
というのも、持ち主のMさんが15年間も正面を決めかねて現在に到っていたからでした
何回も鉢合わせを試みたのですが、Mさんの感性にピッタリこなかったのでしょう
Mさんのお宅へ行くたびにあれこれ観察して
新しい正面を見つけ出した感じがした私が
Mさんに構想を話しても、やはり気に食わないようです
その結果「じゃあ俺にゆずってよ、作り直してみるから」
「それじゃあ、やってみろ」
という訳で私のものになったのです
現在あちこちと角度をかえて観察の最中です
私はここが正面だと予定していますがみなさんはどう見ますか?
とにかくもう少し構想を練ってからと思っています
余談
今までの真柏の持ち主のMさんは、当時ある大手会社の重役でして、私よりひと回り年上の方です
重役といっても普段は肩の力を抜いた人で
たまにふら~とやって来て 「お~す、かあちゃん元気か」
なんてぐあいです
私も、現在に到るまでの長いお付き合いの中で
気楽に、しかもいろいろと勉強もさせていただきました
人とのお付き合いって貴重ですね
私はMさんをお客様という感じでなく人生の大先輩として接してきました
私達のような特殊な業界に長く住んだ人間は、盆栽しか知らないのです
ですから、社会の仕組みや常識を教えてくれるいろいろな人達とお付き合いしないと
変に凝り固まってしまうおそれがありますから
Mさんは人柄同様、肩のこらない風流な盆栽が好きです
庭には小品やら石付きやら、シャリを削った梅、ひん曲げた赤松などが
愛培されています
どれもそんなにお金のかかったものではありません
下は数百円から数千円、高いものでも数万円止まりの素材から
すべて自分で持ち込んだ自作盆栽です
このMさんの盆栽の特徴は、まず鉢をやや小さ目に選定すること
それと水や肥料分を控えめにして培養することにあります
庭にある盆栽達には肥満児はいません
みな細身の華奢な感じです
しかしみなそれぞれに個性豊かな樹形で、古さを感じさせるものばかり
Mさんは私の大好きな愛好家の一人です
2001年3月9日金曜日
陶芸家の鉢
青磁貫入丸型樹盆 羽二生隆作 直径33cm
羽二生隆氏は私の住む千葉県の松戸市の隣,柏市在住の陶芸家です
私は直接の面識はありませんが、私の近くの盆栽愛好者の方が焼き物が好きで
昔から羽二生氏のところへ出入りし、その作品を幾つか所蔵しています
その方とも私はかなり親しい間柄なので、以前からこの鉢を譲ってもらいたいとお願いしていました
この鉢は、20数年前にその方が所有していた東福寺の型を、特別に写してもらったと聞いています
たしかにその方のところに同型の東福寺があって、私が譲り受けた記憶があります
もう少し小さかったようなきがします、それに釉薬は織部でしたし足の形も違いました
私は直接の面識はありませんが、私の近くの盆栽愛好者の方が焼き物が好きで
昔から羽二生氏のところへ出入りし、その作品を幾つか所蔵しています
その方とも私はかなり親しい間柄なので、以前からこの鉢を譲ってもらいたいとお願いしていました
この鉢は、20数年前にその方が所有していた東福寺の型を、特別に写してもらったと聞いています
たしかにその方のところに同型の東福寺があって、私が譲り受けた記憶があります
もう少し小さかったようなきがします、それに釉薬は織部でしたし足の形も違いました
ところでこの形のよさは何ともいえません
適度に使い込んで時代ものって青磁の色合いに深みがあります
更に、さすが陶芸家の作品と感心するのは、鉢底の様子です
たっぷりと厚めにかかった青磁の釉薬がきっちりと足からはみ出さずに止まっています
たいしたものです
今では羽二生氏は鉢を焼かないと聞いています
それにしても氏の焼いた盆栽用の鉢では、最高の傑作です
毎日床の間に飾って眺めています
適度に使い込んで時代ものって青磁の色合いに深みがあります
更に、さすが陶芸家の作品と感心するのは、鉢底の様子です
たっぷりと厚めにかかった青磁の釉薬がきっちりと足からはみ出さずに止まっています
たいしたものです
今では羽二生氏は鉢を焼かないと聞いています
それにしても氏の焼いた盆栽用の鉢では、最高の傑作です
毎日床の間に飾って眺めています
2001年3月7日水曜日
大助鉢の傑作
瑠璃隅切り金絵付け長方鉢
(るり・すみきり・きんえつけ・ちょうほうばち)
佐野大助作
13cm×10.6cm×5cm
(るり・すみきり・きんえつけ・ちょうほうばち)
佐野大助作
13cm×10.6cm×5cm
心山と大助の合作鉢です
大助は大正8年生まれといいます
この鉢はおそらく昭和40年代の作でしょう
大助は大正8年生まれといいます
この鉢はおそらく昭和40年代の作でしょう
白地に山水、風花鳥月、人物等の五彩絵や赤絵が多い大助鉢としては
瑠璃色の地に金で蝶と蔦をデザイン画ふうに描いたものは珍しい
四面に同じ図柄が描かれています
生地は半磁器でしっかりとできていて、形、大きさからいって
実用性にも優れている
瑠璃の色が抜群の発色であり
絵も充分に余白をとって秀逸のできです
瑠璃色の地に金で蝶と蔦をデザイン画ふうに描いたものは珍しい
四面に同じ図柄が描かれています
生地は半磁器でしっかりとできていて、形、大きさからいって
実用性にも優れている
瑠璃の色が抜群の発色であり
絵も充分に余白をとって秀逸のできです
どの分野でも作家とは悲しい存在らしく
正直、存命中はその作品の評価価値は上がらないことが多く
大助鉢もその健康が危ぶまれた頃から
徐々にその値が上がり始めたました
先月の末に亡くなったといいますから
これからも値を上げていきそうな気配です
正直、存命中はその作品の評価価値は上がらないことが多く
大助鉢もその健康が危ぶまれた頃から
徐々にその値が上がり始めたました
先月の末に亡くなったといいますから
これからも値を上げていきそうな気配です
まして佐野大助さんは個性の強い人で
自分で作り、自分で販売していたためからか
今までその作品自体の評価のわりに
取引価格が安かったようです
自分で作り、自分で販売していたためからか
今までその作品自体の評価のわりに
取引価格が安かったようです
かなり多作で、世間に出回ってはいますが
心山と合作のものに傑作が多く
逸品はこれを機会に再評価されると思います
心山と合作のものに傑作が多く
逸品はこれを機会に再評価されると思います
この鉢はさる愛好家にお願いして
出品して頂きました
出品して頂きました
2001年3月4日日曜日
国風盆栽展の歴史
国風盆栽展(全)写真帖(初回)
国風盆栽展覧会は昭和九年三月十七日より廿三日迄
上野公園東京府美術館に於て開催す。会長は松平頼壽伯、副会長は酒井忠正伯。
美術館に於ける最初の展覧会なり出品は予め詮衡(せんこうと読む)委員により撰ばれ
陳列の後更に審議決定せるものにて其席数九十六席。(旧漢字は改めました、文体そのまま)
美術館に於ける最初の展覧会なり出品は予め詮衡(せんこうと読む)委員により撰ばれ
陳列の後更に審議決定せるものにて其席数九十六席。(旧漢字は改めました、文体そのまま)
と、写真の下に説明がかいてあります
私もこの美術館は知っていますが、自動車の型の古いこと、クラッシックカー
それまでは庭園や大きな料亭の座敷などで盆栽の陳列をしていたんですね
国風展はこれを初回にして今年で74回目を迎えたわけです
盆栽界の中には全74回の写真帖を揃えている方もいるはずです
盆栽界の中には全74回の写真帖を揃えている方もいるはずです
10数年前に、私もと思ってこの初回本を買って(なんと10万円出したのだ)出発点にしたつもりが
一桁分がまず見つからない、やっとあったとしても高くて買いきれないのです
一桁分がまず見つからない、やっとあったとしても高くて買いきれないのです
30回台になるとけっこう目にしますので揃えてありますが、途中で挫折です
そんな訳で初回本がポツントあってその後は30回台までありません
そんな訳で初回本がポツントあってその後は30回台までありません
ときどきだして見るうちにフト気がつきました
この本の表紙に第一回とか、初回とか書いてはありません
この本の表紙に第一回とか、初回とか書いてはありません
全と記してあるだけです、はて
昭和九年といえば長い長い戦争の時代に突入する前の軍国主義の盛んな時代です
昭和九年といえば長い長い戦争の時代に突入する前の軍国主義の盛んな時代です
きっと先人達は自分達の愛好する盆栽を
世の中にメジャーな趣味として啓蒙するために
世の中にメジャーな趣味として啓蒙するために
先の見通しはともかくとして
蛮勇を持ってもって開催したのだろうと想像しています
蛮勇を持ってもって開催したのだろうと想像しています
まさか悲惨な戦争を乗り越えて今日まで
これほどの歴史を重ねることの確信は持てなかったでしょう
これほどの歴史を重ねることの確信は持てなかったでしょう
とにかく貴重な資料です
上が会長の松平頼壽伯爵の小品盆栽です
三つの棚に真柏、杜松、五葉松、木瓜、かいどう、岩柳など
五葉松(大正十二年浅間山押出自栽)
黄楊木(同十五年四月十国峠自栽)
などの説明があります
松平候は奥様と二人で小品盆栽を愛好し
山采りをされたと聞きます
三つの棚に真柏、杜松、五葉松、木瓜、かいどう、岩柳など
五葉松(大正十二年浅間山押出自栽)
黄楊木(同十五年四月十国峠自栽)
などの説明があります
松平候は奥様と二人で小品盆栽を愛好し
山采りをされたと聞きます
下は副会長酒井忠正伯爵の小品盆栽飾り
やはり三つの棚に杉、真柏、けやき、桜草、寒椿、姫いたびなど
やはり三つの棚に杉、真柏、けやき、桜草、寒椿、姫いたびなど
二席とも素朴な感じですね
埼玉 松谷乙楠氏 という方の席で左から真柏、寒木瓜石付、捩幹榴です
三点飾りにしては大きさの調和が取れていないように感じますが、素朴で気どらないのが面白く感じられます
真柏は(高二尺二寸)とありますから大物ですね、現代ではこれだけで一席です、面白いですね
この席は三人で一席です、左から富田仁生氏、垂糸かいどう、
関口仙太郎氏、杉、斉田泰正氏、五葉松となっています
関口仙太郎氏、杉、斉田泰正氏、五葉松となっています
ちなみに斉田氏は東京巣鴨の芳樹園という戦前の名園のご長男で、私は縁あってその弟さんの斉田展司芳松園さんと
親しくしていました。展司さんは明治40年生まれでしたから(なぜ覚えているかといえば私も同じ未年だから)たっしゃでいれば
親しくしていました。展司さんは明治40年生まれでしたから(なぜ覚えているかといえば私も同じ未年だから)たっしゃでいれば
93歳ですが、先年亡くなられました
ともかく皆さん、どんな印象を持ちましたか?
本て大事ですね
本て大事ですね
昔の盆栽と現代の盆栽と、ものも飾り方もちょっと印象が違うと思いませんか?
そのことについては、いずれまたお話しましょう
そのことについては、いずれまたお話しましょう
2001年3月1日木曜日
水石の魅力
2001年2月10日土曜日
女性会員の小品三点飾り
松戸支部記念展示会より
当ホームページの愛好家ご訪問で紹介している井手司子さんの作品です、女性らしい繊細な感じでしょ
さすがに年季が入っているので、樹と鉢のバランスがいいです
それに飾り棚に比べて盆栽の大きさがちょうどいいので、すっきりと空間がきれいですね
余談ですが最近の小品飾りは、棚に比べて盆栽が大きすぎるのをよく見かけます
盆栽ばかりが目立ってはいけません
空間の美というものを感じられる飾りを心がけましょう
きゅうくつでなく
ゆとりのある
それでいて緊張感のある空間
そのお手本のような井手さんのこの飾りです
拍手!
当ホームページの愛好家ご訪問で紹介している井手司子さんの作品です、女性らしい繊細な感じでしょ
さすがに年季が入っているので、樹と鉢のバランスがいいです
それに飾り棚に比べて盆栽の大きさがちょうどいいので、すっきりと空間がきれいですね
余談ですが最近の小品飾りは、棚に比べて盆栽が大きすぎるのをよく見かけます
盆栽ばかりが目立ってはいけません
空間の美というものを感じられる飾りを心がけましょう
きゅうくつでなく
ゆとりのある
それでいて緊張感のある空間
そのお手本のような井手さんのこの飾りです
拍手!
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